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トルコの旅 / takugenさん

オフィシャルサイト: takugenの世界七大陸旅行記

2003年9月13日(土)から20日(土)まで


エジプト・トルコの旅には2003年春出発の別のツアーに申し込んでいました。しかしイラク戦争前の緊張の高まりによって、旅行は中止になりました。今回は2度目の挑戦で無事に旅行に行ってくる事が出来ました。(エジプト編を見る)


2003年9月16日(火)トルコ入国、エフェソスとパムッカレ観光
その1:深夜のトルコ入国
 カイロ発午前3時30分の飛行機でトルコのイスタンブールへ、トルコ入国後午前7時45分発の国内線の飛行機でイズミールへ移動。専用バスでエフェソスに向かった。エジプトでは出入国カードの提出が必要だったが、トルコではパスポートのみで大丈夫。通貨単位はトルコリラとなり、為替相場の変動によって異なるが10000000トルコリラ=約1000円となる。今回の旅行に限ればトルコリラがなくても、米ドルと日本円があれば必要十分だったと思う(但しトルコリラでしか買えないものを買わない場合です)。
 トルコでは、99%の人がイスラム教徒だが、日本と同じように信仰の自由が保証されている。


その2:エフェソス観光
 まず訪れたのは、聖母マリアの家だ。聖母マリアは晩年をここで過ごしたと伝えられている。なお、トルコでは現地ガイドがアフメッド氏(以降通称アー氏)にかわっている。アー氏はトルコ旅行中、随時、無料で使えるトイレを案内してくれた。そのお陰でトイレチップは全く使わずに済んだ。案内されたトイレは思ったより清潔で、紙もあった。



聖母マリアの家と私


 続いてエフェソス都市遺跡を観光した。一通り見てまわったが、どれが重要なものなのかよく分からなかったので、写真を撮り損ねた個所が多かった。猫に小判、私に遺跡である。なおここは暑かった。
コンサートホール(写真右奥)と私、 勝利の女神ニケ
公衆トイレ、右がセルシウス図書館である。公衆トイレは当時情報交換の場でもあったらしい。当時トイレは水洗式。足元にも水が流れていて、その水でお尻を洗ったらしい。
写真左が円形劇場と私、右が円形劇場の全形。この劇場は2万人は収容可能。
 写真は掲載していないが、この他にもアルテミス神殿跡や、トラヤヌスの泉、娼婦宿の道しるべ、スコラスティキアの浴場などを見て、大理石通りなどを通った。以上でエフェソス遺跡観光を終了し、我々はパムッカレに向かった。
その3:パムッカレ観光
 さあ、やっとお目当ての石灰棚に行けるんだ!、と思ったらその前にヒエラポリスの遺跡を観光することになっていた。またまた豚に真珠、私に遺跡である。
写真左側が石棺、写真右側はローマ門と呼ばれるものだ。
ついに私が心待ちにしていた石灰棚に到着、我々は石灰棚に入っていった。なお、パムッカレとは「綿の城」のことだ。
公衆トイレ、右がセルシウス図書館である。公衆トイレは当時情報交換の場でもあったらしい。当時トイレは水洗式。足元にも水が流れていて、その水でお尻を洗ったらしい。
 左側の写真で中央に立っているのは私である。この格好だと潮干狩りでもしているかのように見えるかもしれないが、断じて違う。私はパムッカレの石灰棚に入っているのだ。しかし足元は白くない。この原因は私には分からないが、以前の乱開発の名残かここが入口に近い所だからかもしれない。遊歩道があってもっと奥まで行けたのだが、私は右側の写真を撮って出口に向かった。石灰棚の壁の所に行くと、白い綿のように見える。もちろん触れば硬い。
 なぜ遊歩道に沿ってもっと奥まで行かなかったかというと、私の体調があまり良くなかったからだ。かなり残念。後で奥の方に行った人の話を聞くと、右の写真にあるような水をたたえた段段が結構見えたらしい。ますます残念で悔しい。私の体調が悪いせいで、パムッカレは私の心の中でがっかり名所の1つに指定されてしまった。
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2003年9月17日(水)パムッカレを後にし、コンヤ観光、そしてカッパドキア到着
その1:パムッカレ、私の心の中でがっかり名所確定の瞬間
 パムッカレを後にする前に、石灰棚の全形が見えるというポイントに立ち寄った。その写真がこれ。見上げてるよ。だめだよこれじゃあ、見下ろさなきゃ。水をたたえた段段が見えないじゃん。スキー場とどう違うんだい。なおここは冬には雪が降るという。



石灰棚の全形

その2:パムッカレを後にし、コンヤへ向かう。コンヤ観光
 我々はパムッカレを後にし、次の観光地であるコンヤへ向かった(移動距離は約420km)。今日はカッパドキアまでバスで移動する。間抜なことに私は体調を崩していた。そのため私は観光バスの最後部の5人座れるシートを独占し、そこに横になって寝ていたのだ。
 実は今回の旅行の一番の目的はイスタンブールで昼寝をする事だった。結果的にそれは叶わなかったが、バスの中で横になって昼寝していたので、トルコで昼寝することは叶った。
 コンヤで私は食事だけはした。私はトルコの料理に期待をしていたのだが、かなり裏切られたような気がする(私はいつも期待しすぎるらしい)。トルコピザも、後に食べたドネルケバブも冷めていて美味しくなかったのだ。
コンヤでは、メブラーナ博物館を見学した。上に写真を載せたが、内外ともに神聖な雰囲気が漂っている。



メブラーナ博物館内


その3:シルクロードを通り、カッパドキアへ
 コンヤ観光を終えて、我々ツアー一行は観光バスでカッパドキアに向かった。シルクロードを通ったのだ。私は昨年の今頃、中国シルクロードの旅をした。そのためシルクロードを通る事を楽しみにしていたのだ。でもバスの最後部の座席に横になって、寝ながらにしてシルクロードを通る事になるとは予想していなかった。
 コンヤからカッパドキアへ向かう途中、我々はキャラバンサライ(隊商宿)を見学した。外観を下に示す。



メブラーナ博物館内


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